KWU EAST JAPAN AID 2011

女川町被災地ボランティアプロジェクト

 なぜ女川なのか

三陸沿岸地方の南端部に位置するこの町は、すぐ近所に石巻市という大都市をひかえ、北上山地と太平洋が交わる風光明媚なリアス式海岸であります。
昔から漁港として栄え、暖流、寒流の魚種が多数見られました。近年ではカキ、ホタテ、ギンザケの養殖がされております。
女川湾は水深が深く良港で、戦前は軍港としても用いられました。戦争末期には「女川防備隊」がこの地に設置され、そのため軍艦が7隻湾内で撃沈されております。
1,986年には女川原子力発電所が運転開始されました。今回の東日本大震災では津波に襲われましたが、高台に位置していたため大きな被害は受けませんでした。
3月11日の津波により、女川町の沿岸部は壊滅的な被害を被りました。このときの津波の高さは14.8mを記録しました。3階建ての庁舎も冠水しました。1万人町民の約一割の人々の尊い命が奪われました。全壊家屋は3,021棟、その他半壊等は132棟と、町のほとんどの建造物が破壊されたと言えます。
私たちがこの町の支援を思いついたのは、その被害の程度が際立っていること、それに加えて、この町が隣の石巻市より小さいこと、行政機能が比較的シンプルなため支援活動をすすめてゆく上で、コンセンサスが速やかに得られやすいこと、窓口の人たちが通り一遍な冷淡な対応をせずヒューマンな対応をされており、支援活動を長期的に続けてゆき必要な関係を築いていく上で比較的困難が少ないと思われたからであります。つまり、相手方の考え方が見えるので、こちらの理解や対応策を打ちやすいと思われたからです。行政担当者の全ての質問や要求に対する的確な対応にも好印象を与えられたからであります。これなら専門家になろうとする、「支援の卵」である学生たちも気持ちよく支援活動ができると思われたからです。

 

町立病院から女川湾を臨む 仮設住宅住人とのお話し合い

 

 復興支援DVD(虹をかけよう)に本学支援学生全員出演

このたび小柴大造さんが作曲して、これをもとに古波津陽監督が被災地を訪れ、映像化しました。

なお、復興ソング(虹をかけよう)の収益金はびっきこども基金を通じてこどもたちの夢の実現のために役立てられます。このDVDは本学学生12名が全員参加しております。

 

 ボランティア活動の取り組み

女川町からの図書カード、ふろしき送付についてのお礼

女川町へ図書券を贈りました

女川町へ「傾聴ボランティア活動報告」・「ふろしき」を送りました

女川町長からのお礼

FMゲンキ(ラジオ番組「きんぷくオキドキナイト」)に学生が生出演!!

女川町ボランティア活動(傾聴)報告会

9月7日東日本大震災被災地ボランティア活動(最終日)

9月6日東日本大震災被災地ボランティア活動(2日目)

9月5日東日本大震災被災地ボランティア活動(1日目)

東日本大震災被災地ボランティア活動その1 女川町支援(傾聴支援活動)

東日本大震災の被災地リポート(その2:石巻)・・・学部長 石田和男

東日本大震災の被災地リポート(その1:塩釜、多賀城、東仙台)・・・学部長 石田和男